稽古では 素直さ大事 我を捨てて 身になるまでの 努力おしむな
 剣道の稽古をするに当たっては、己の意志を固くして、一歩も引かぬの決意は、大切であるけれど、意地を張っての強情は禁物です。
 打たれては素直に、参りましたと頭を下げて、己の欠点を指摘してもらって、有り難うございましたと感謝することが大切です。気の強さと強情我慢とは別物であることを知ってほしい。
 己の欠点を正して上達の資として、反省工夫して、二度も三度も打たれないように努力することが大切です。
徳川時代の剣道書「剣術不識篇」に次の言葉があります。「剣術は打太刀の相手を立ててする故に、微塵にても過ちある時は、相手の人是を咎む。是れ打太刀に立ちたる人即ち生きたる書籍なり」と。己に隙ある処を直に打ってくれるから生きたる書籍だというのです。
 このように打たれて感謝する素直な心が、人を大きく育てるというものであると心して欲しい。

脇見せず 薄す紙をはぐ心にて 竹に降り積む 雪の重さよ
 剣道の稽古を続けている間には、色々と迷いも出て来るし、悩み事、苦しいことも起こって来て、中々専心になり切れなくて、右顧左眄しては、上達し難いのが人の常ではあるが、石に矢の立つという言葉もあること故、心を強く努力精進してほしいものです。
 粉雪でも降り続けば、その意味で大きな竹でも倒れるものだと思い直して、「気に入らぬ こともあろうに 柳かな」の句もあることです。
 元気を出して、今日の一本の稽古に心を込めて、素志を達成させられんことを祈ります。
 江戸時代の中期に、信州に禅宗の名僧で、正受老人と称せられた方が居られて、沼津市原の松陰寺の白隠禅師のお師匠で、「一日暮らしのこと」という有名な言葉を残して居られます。
「その日暮らし」ではありません。仏法の修行は大変辛いものであるが、幾等苦しみが多くとも今日一日だと思えば、堪えられよう。
 楽しみ事でも、今日一日だけと思えば、遊び耽ることもあるまい。色々な苦しみも長いと思う故耐え難いもの。一日一日と積もれば百年千年もつとめ易いものである。
 一生と思うから大変なのである。如何程の苦しみも今日一日だけと思えば堪えられる。
 その一日一日を積み重ねて行けば、一年十年となる時、大きな成果が残るものだとの教えです。世の中「山々雲」だと思い直して頑張ってほしいものです。健闘を祈ります。